国際情勢と外交 International Affairs
「トランプの4年のために工場を作れない」。トランプ関税に直面した経営者の言である。トランプ政治は4年で終わるという希望に基づくコメントである。しかし、トランプ政治は4年で終わるかどうか分からない。トランプ3.0そしてトランプ4.0まで予想する専門家がいる。米国通商政策の専門家である田中雄作氏は「ヴァンス副大統領は確たる理論的・思想的背景を持って米国第一主義や経済ナショナリズム、対中強硬政策を支持しており、ポストトランプの有力候補になる可能性が十分にある。29年1月にヴァンス大統領が誕生すれば、トランプ主義者として保護貿易政策、対中強硬策、国内製造業重視政策、移民制限政策を実施していく」と予想している(1)。
トランプ主義が続くのは、米国の社会と政治の構造が根本的に変わってしまったからである。米国政治と思想の第一人者である会田弘継教授はトランプ主義が続く3つの要因を指摘している(2)。まず、①格差が絶望的にまで広がり、民主党はエリートが支持する政党になり、さびれた地域に住む貧しい人々は共和党を支持するようになったことである。金融業界と癒着しリーマンショックで住宅を失った中間層の救済を怠ったオバマ政権下で上位10%が富の73%を所有し下位50%は1%しか所有せず、貧しい白人中年層の絶望死が急増するという超格差社会に米国はなってしまった。会田教授は、オバマが中間階層を崩壊させ、白人労働者階級を無視したことによりトランプ登場の露払いをしたと喝破している。
次に、②福音派とよばれる熱心なプロテスタントの支持である。米国は宗教が重要な国であり、世論調査では人生で宗教は非常に重要という回答が5割を超える。福音派は妊娠中絶、LGBTQに反対し、連邦政府による州政府や個人生活への介入に反対する。福音派は人口の25%を占め、大きな政治勢力である。
そして、③ポピュリズム・ナショナリズムという強固な思想的基盤を持つ。その特徴は、中央に対する地方の反感、エリートに対する反感と懐疑、排外主義・土着主義、グローバリズム反対、経済ナショナリズムアメリカファーストなどである。それらは、自由貿易否定、米国製造業の回復、移民反対と国境管理、国際機関からの脱退、国際ルールの無視などの具体政策となる。これらのトランプ主義を支持するのは、エリートに支配された政治に疎外されていると感じている貧しい中産階層である。
ヴァンスの後任はトランプジュニアとなる可能性が大きい。米国社会と政治の分断は深刻であり、構造変化を基盤とするトランプ主義とトランプ型政治は強固な流れとなっている。そのため、トランプ型政治は今後8年から12年あるいはそれ以上続く可能性がある。トランプ型政治を修正するのは政権交代である。関税賦課によるインフレ、株価下落、景気低迷などが顕著になると中間選挙、大統領選挙で民主党が勝つ可能性がある。ただし、バイデン政権がトランプ1.0の対中制裁関税を継続したようにトランプ関税がどの程度是正されるかは分からない。関税保護は保護の継続を望む既得権益層を生むからである。
(1)田中雄作(2025)「米通商政策における保護主義の進展と企業の対応」、『IPEFなどの米通商政策がビジネス活動に与える影響に関する調査研究』ITI調査研究シリーズ No.163, 国際貿易投資研究所。
(2)会田弘継(2024)『それでもなぜトランプは支持されるのか』東洋経済新報社、同著はトランプ政治を理解するための必読書であり、本論は同著の分析と論述に依拠している。記して謝意を表明したい。