当協会研究員の高橋孝治が、中国ビジネス法に関する論考を発表しました。
〇「社会主義法治文化建設の強化に関する意見」
中国共産党中央事務室と中華人民共和国(以下「中国」といいます)の国務院(日本の内閣に相当)は4月5日に共同して「社会主義法治文化建設の強化に関する意見(関于加強社会主義法治文化建設意見)」という通知を発出しました(原文全文は『人民日報』2021年4月6日付1面に掲載されています)。これによれば、習近平の法治思想などの徹底を宣言し、深く学習し、社会主義法治文化の建設を中国の特色ある社会主義法治体系の建設とする、などと述べています。
〇習近平の法治思想?
2018年3月11日に改正された中国憲法前文第7段落でも「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」という言葉が使われており、日本でも一部で大きく報道されましたが、習近平は独自の法治思想も持っているようです。習近平の法治思想については、中国政府は体系的にまとめてはいないようですが、中国の法学界は、中国共産党による全面的な法治国に関する指導の堅持や人民を中心とする、中国の特色ある社会主義法治の道の堅持などを内容としているとまとめています(註1)。(なお、習近平の法に対する考え方については、高橋孝治「習近平時代の中国法再考――中国式『法治』とは何か――」(『世界平和研究』(220号)世界平和教授アカデミー、2019年、79~88頁収録)を参照ください)
〇社会主義法治?社会主義市場経済?
習近平の法治思想にしろ、今回の通知にしろ、「社会主義法治」という言葉が頻繁に出てきます。では「社会主義法治」とは何なのかというと、中国政府は定義していないとしか答えることができません。そもそも、「法治」の考え方においては、なぜ「法律」を至上のルールなのかというと、法律は市民全員で選んだ議員が議論して作成したから、主権者たる国民の総意に基づいているからとされています。つまり、民主化していることが前提にあり、共産党による専制体制を肯定する「社会主義」思想とは相いれないものなのです。「社会主義市場経済」という用語も相反する用語をつなげたものと言われていますが、これと同じなのです。
〇中国市場はどうなる?
「社会主義法治」とは、「中国共産党の指導の下で法治を実行する」というものなのだろうと思われますが、それは、「党治」であり「法治」とは言い難いことは言うまでもありません。結局、日本とは大きく異なる考え方を持つ「社会主義法」を中国が使い続けることに変わりはないものと思われます。中国については、「法が法として機能していない」とか「無法地帯」と呼ぶ人もいますが、発想が異なるだけで一応の理論体系が存在します。その中国の法理論をよく知ることがやはり重要なのでしょう。結局、中国市場ではこれからもこれまでのような「法」の扱いから大きく変わることはなさそうです。本サイトでも中国の法理論について何度か言及してきました。引き続き、中国の「法」に対する姿勢は注視する必要があるでしょう。
(註1)「習近平法理思想」(法制網ウェブサイト)http://www.legaldaily.com.cn/zt/node_105730.html(更新日不明、2021年4月8日閲覧)。
<執筆者紹介>
高橋孝治/環太平洋アジア交流協会研究員・立教大学アジア地域研究所特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。中国法に関する研究や執筆、講演の傍ら、複数の企業や団体にて中国法顧問を務める。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015年)、『中国社会の法社会学』(明石書店、2019年)ほか多数。「月曜から夜ふかし」(2015年10月26日放送分)では中国商標法についてコメントした。「高橋孝治の中国法教室」を『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて連載中。
環太平洋アジア交流協会・海外リーガルサポートでは、定期的に日本企業の皆さまに有用なアジアビジネス法に関するセミナーや個別のコンサルティングなども行っています。お気軽にお問合せください。
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